昨日の記事では、学力のなく資本主義社会を知らない親を持つ子どもは苦労するという話を書きました。
自分自身が考えていることの結論が書けずじまいに終わってしまったので、今日は本当に書きたかったことを記そうかと思います。
親が低学歴で間違った教育をされている子どもは悲劇です。
そして、その子どもが大人になると、周りが悲劇です。
子どものころは被害者ですが、大人になると加害者になりかねません。
ただ、厄介なのは、自分の考えが正しいと思っていることです。
間違ったことをしているのにそれを認めようとしない。
それどころか、間違っていることすら認識のないことだってあるのです。
そうなると負のスパイラルそのものでしかありません。
そうならないように、自分自身が正して、負の遺産を引き継がないようにしなければならないのです。
この流れで、私が結論に近いもので書きたかったことがあったのですが、書けずじまいでした。
■低学歴の親の厄介な点
低学歴の親で最も厄介なのは、まともな職に就かずに、転々としながら、きちんと税金や保険料を納めていないことです。
特に社会保険に関しては、一度、社会保険完備の正社員を外れると、低学歴の場合、なかなか復活できなくなってしまいます。
それは、低学歴ゆえに、職に就きにくいという側面もありますが、本質的には、会社や組織の中で、それなりのポジションしか与えられず、役職もショボくて、たいした職務も与えられないので、やる気が無くなるか、転職を繰り返すことになるうえに、低所得になりえる要素もあるからです。
そうなると、現役時代の給与も低く、安定した生活や、充実した教育を子どもに受けさせられないだけでなく、年金受給額も低くなるので、老後も貧困になっていきます。
本人だけの問題ならよいですが、それが子どもにまで影響していき、子どもが成人になったあとでも、親の生活や扶養にまで気を回さなくてはいけません。
自分がやりたいことや挑戦ができなくなるうえに、それがさらにその子どもまで影響する可能性も高いですから、家系で貧困の流れが出来てしまいます。
お金は生活の充実さを客観的に具現化したものですから、お金が不足しているということは何かが問題点があるということです。
それが本人の問題なのか、親の問題なのか、または子どもの問題なのかということです。
また、お金が無いと、気持ちも穏やかでありませんし、他人とマウントを取ることも増えます。
貧乏であることは、実際も気持ちも貧乏になるので、それが避けられる状況であれば、改善していく方が良いです。
■教育が受けられない子どもの不憫さ
教育の格差は当然ありますが、日本の場合は、底辺であってもそれなりの教育を受けられる権利がありますし、行政もきちんとしています。
また、親がしっかりしていれば、子どもにそれなりの教育を与えることもできます。
そのような機会が豊富であるにも関わらず、自分のことだけで精一杯の親である場合、子どもの生活や教育までに手や意識が回らないので、子ども自身が同年代の子どもから置き去りにされてしまい、また同じような境遇を繰り返すだけです。
教育を十分に与えてもらえず、低学歴がほぼ確定になってしまう子どもは可哀そうですし、また、社会の仕組みをきちんと教えてもらえずに、曲がった常識を植え付けられる子どもの不憫です。
子ども自身が外部の影響で、本来の常識を知るようになれば幸運ですし、自分で引き寄せる力があれば良いのですが、なかなか難しいものです。
やはり、同じような境遇の人間には、同じような人間が集まってくるものですから。
類は類を呼ぶのはそのとおりだと思います。
■ダメな親はいつまでも子どもに悪影響
話が教育の方に移ってしまいましたが、私が言いたいのは、自分自身がやり切れなかったり、我慢できなかったりして、老後の生活が不安定な人が多いでしょう。
特に低学歴の人は、年金が少ない人が多いと思います。
自分の不甲斐なさを棚に上げて、子どもに依存するのは良くないです。
そうなることで、さらに孫までに影響を及ぼし、家系が悪くなっていくことを良く知らなければなりません。
そして、社会を知らずに、自分目線の常識を物事に当てはめるのも良くないです。
良いものは良い、悪いものは悪いという判断ができない大人は最悪です。
その曲がった常識が、子どもに受け継がれるリスクをもっと真剣に考えなくてはいけません。
そんな浅はかな考えによって、被害を受ける子どもが多いのですから。
■自分自身が正しいことをやる
私は、そのような親にはなりたくないですし、生活や気持ちやお金に余裕がなくなって、間違った判断をしないように心がけていきたいと考えています。
そのためにも、まずは自分自身が正しいことをやることが大切かと思っています。
子どもは親をみて育ちますから、親が間違ったことをすればそれを信じてしまいますし、逆に、世の中的に変だなと感じたら親を信じなくなってしまいます。
これらをきちんとやっていくことが、本来の子育てだと感じます。