経済活動においては、資本主義社会で成り立っているので、常に使用する者と使用される者に分かれます。
そして、巨額の富が、ほんの一部の人に偏っているように、使用する者である使用者もほんの一部です。
社会生活で、自分は使用する者だと勘違いしている人は、ある意味、幸せであり、頭の中がお花畑である人であり、使用する者などほんの一部しかいません。
もしかすると、自身の会社には使用者が不在という可能性もあるわけです。
形式上、役員と呼ばれる経営層だったとしても、親会社や株主やスポンサーの意向に即さないといけない場合、その面においては使用される者となります。
そうなると、企業においては、使用者はほとんどいないことになります。
そんな事情も知らず、小さな部署で、自分は使用者だ、自分は管理職だから部下を管理しなくてはいけないと意気込んでいる人は、なんて小さな世界に生きているのだろう、結局、大きな力をもっている使用者に搾取されるだけなのに、と哀れに感じます。
■企業の本質が分からないバカ
昨日の記事でも触れましたが、マネーにおいてお金に働いてもらうという考えと一緒で、仕事においても、いかに複数の人に動いてもらうかでパフォーマンスが決まります。
企業は、人・物・金で成り立っていますし、少ない人件費、少ない施設、少ない投資で、利益が上がると嬉しい訳です。
その利益はどこにいっているかというと、結局は使用者に流れていることになりますから、嫌な言い方とすると、搾取されていることになります。
顔も見たことない、声も聞いたことない人に搾取されるために、自分の身体を削って、神経を使って、ストレスを抱え込んで、我が身をつぎ込んでいるのを見ると、本当に哀れだと思います。
人間というのは、見えないものを美化する傾向にあります。
存在を認知している人、関係する人に対しては、その人の性格や癖などに共感、批判をしながら対処していきますが、見えないものに対しては、何も感じないので搾取されていても痛みを感じていません。
良い例が税金です。
何に使われ、どのように使われていても、関心がなく、国民の義務だからという解釈で、何も考えずに搾取され続けます。
まあ、税金に関しては、義務であり、法律できまっていますから、無駄な抵抗をしたところで、効果は限られます。
しかしながら、自分でコントロール可能な働き方に関しては、盲目な奉仕をする人がいます。
本当にバカだなとつくづく感じます。
■真の使用者を意識できないバカ
真の使用者の顔も見えないものに、全身全霊で奉仕をする行動に哀れという言葉以外の何があるでしょう?
対して、顔が見える人の少し嫌な部分だけには我慢ができないわけです。
そして、顔が見えない人へは無償の奉仕をしている事実を感じていないわけです。
世の中、何が真実で、何が正義が分からないから面白いのですが、一つ言えることは、頭の悪い人間は、事象一つひとつへの対応も幼稚な考えになるのだなと思います。
真の使用者からすると、そんな幼稚な考え方の労働者が世の中に溢れかえっていることが愉快でしかたないと思います。
高みの見物で、幼稚な人同士が、小さな世界感で殴り合っている姿、そして、そこで得られた利益が問答無用で搾取されていく状況は、何事にも代えがたい喜びではないかと思います。
■搾取されないように意識すべきは「時間」と「労力」
物事を考える時、判断をする時に、いかに自分が使用する側に回っていけるかを意識しなければなりません。
一つの企業体の中では、先ほども書いたように、全員が使用される側になっている可能性がありますが、それでも濃淡はあります。
全身全霊で奉仕し、使用される側に回っているのであれば、哀れな人生です。
少しでも使用する側に回るべきです。
その中で、何を基準に考えるかということですが、意識すべき点は、「時間」と「労力」です。
■結局、地頭が悪いと理解できない
「時間」は当たり前ですが、人間は1日24時間、1年365日はしか与えられていません。
それは、使用する側も、使用される側も条件は同じです。
よって、その限られた時間をいかに効率よく使うかで決まってきます。
使用される側で100%使っている場合は、その人はそれだけの器だということです。
「労力」に関しては、物事を進めるにおいて、自分がそれにかけるウェートです。
身体を使うこともあるでしょうし、頭を使うことだってあるでしょう。
でも、一つ重要なことは、他人ができることを自分がやる必要性をできるだけ排除することです。
誰でも出来る仕事を、いつまでも自分がやっているのは搾取され続けている証拠です。
結局、ここまで書いても理解できない人は、理解できない、理解しようとしないだろうなと思います。
そんな人は頭が弱いので、仕方ありません。
言っても無駄なので、哀れに一生搾取され続けるしかありません。
資本主義社会を理解するためには、様々な勉強が必要ですし、自分自身も経験しながら修正していかなければなりませんし、もっというと、学生時代にしっかりと地頭を鍛えておくことが重要です。
地頭が悪い人にいくら助言してあげても響かないのですから。