玄関の鍵を回した瞬間、肩の力が抜けた。
静かな部屋。
外のざわめきも、昼間の視線も、ここにはない。
ソファに腰を下ろして、深く息を吐く。
——断れた。
ちゃんと、断れた。
そう思うと安堵が先に来るはずなのに、
胸の奥に、別の感情が引っかかっていた。
イケメンだった。
話し方も慣れていて、余裕があって。
仕事の話も、年収の数字も、全部が「強そう」に見えた。
「……ちょっとくらい、抱かれてみたかったかも」
独り言にしても、少しだけ恥ずかしい。
でも嘘じゃない。
楽な道は、確かにあった。
お金の心配をしなくていい夜。
誰かの隣で、考えなくていい選択。
でも、思い出したのは友達の顔だった。
笑ってるときも、愚痴ってるときも、
同じ時間を一緒に過ごしてきた記憶。
——それを、天秤にはかける気にはなれなかった。
「お金より、大事なものもあるよね」
そう呟いて、スマホを開く。
いつもの資産アプリ。
増えても減っても、これは“自分で選んだ数字”。
男に頼らない。
誰かの条件じゃなく、自分のペースで積み上げる。
少し遠回りでも、
少し寂しくても。
そのほうが、後悔しない気がした。
……そのとき。
ピンポーン。
静かな部屋に、チャイムの音が響く。
誰?
こんな時間に?
立ち上がりながら、胸が小さく高鳴る。
今日の私は、もう十分揺れたはずなのに。
ドアの向こうにいるのは——
まだ、わからない。
⸻
― シーズン1 完 ―
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🧭 今日の道しるべ
あなたが選ばなかったものは、
本当に「失ったもの」でしたか?
それとも、
守ったものだったでしょうか。
