終電の案内が、スマホに静かに表示される。
残り三分。
走れば間に合う。でも――今日は、少しだけ疲れていた。
タクシーアプリを開く。
料金は、普段より明らかに高い。
深夜料金、需要増加、全部わかってる。
それでも指は、戻るボタンの上で止まった。
「この時間、結構するでしょ」
横から覗き込まれる。
その距離が、近いのかどうかを判断する前に、
別の画面が差し出された。
メモアプリ。
そこには、短く整理された文字が並んでいる。
・この後、少しだけ
・場所は駅から近い
・移動はこっちで手配
・費用の心配はいらない
説明はない。
でも、全部わかる書き方。
「無理なら、全然いいから」
そう言われて、余計に迷う。
“選択肢はあなたにある”
その言葉が、本当に自由なのかどうか。
終電まで、あと一分。
タクシーの金額と、画面の条件。
どちらも数字なのに、重さが違う。
「……ちょっと考える」
そう答えながら、
スマホを閉じる。
今日は、決めない。
でも――
決めなかったこと自体が、
ちゃんと記憶に残る夜。
🧭 今日の道しるべ
あなたは今夜、
“選べたのに選ばなかったもの”を
覚えていますか?
