彼の部屋の前に立っていた。
どうしてここに来たのか、
自分でもはっきりした理由はなかった。
インターホンを押す。
短い電子音。
ドアが開いて、彼が立っていた。
「……」
言葉は出てこない。
彼も、何も言わない。
それなのに、
気づいたら私は、部屋の中にいた。
三度目の室内。
見慣れたテーブル、同じ椅子。
でも空気だけが、これまでと違う。
向かい合って座る。
しばらく、沈黙。
先に口を開いたのは、彼だった。
喧嘩の理由は、
思っていたより些細で、
でも決定的だった。
——髪の毛。
前に私が来たときのものらしい。
昨日、彼女は私を見てから、
ずっと疑っていたという。
質問が続いて、
何度も、何度も。
「……だから、ああなった」
それ以上は言わなかったけれど、
声のトーンだけで、昨夜の緊張が伝わってきた。
今朝、
その髪の毛を見つけた。
彼女は確信した。
私が、この部屋に来ていることを。
そして、あの廊下。
彼は、少し視線を落としてから言った。
「もう、彼女のことはいい」
胸が、わずかに跳ねる。
「それより……」
一拍。
「あなたが、頭から離れない」
空気が、止まった。
私も、同じだった。
でも、それは言えない。
誰かから奪う形で、
近づきたくはなかった。
「……ちゃんと、けじめはつけて」
自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。
それに、
もう一つ。
「年下っていうのも、正直、気になる」
彼は黙って聞いていた。
近い。
でも、触れない。
この距離が、いちばん危うい。
引くべきなのか。
待つべきなのか。
答えは、まだ出ない。
ただひとつ分かっているのは——
もう、戻れないところまで
心は進んでしまっている、ということ。
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▶︎ sp10(シーズン2 最終回)
「同級生、現る」
🧭 今日の道しるべ
言葉にしなかった想いは、
消えたのでしょうか。
それとも、
もっと強く残ったのでしょうか。
