※このエピソードは、
シーズン2 sp5〜10の出来事を
隣の部屋に住む彼の視点から描いたものです。
スーパーで声をかけたのは、俺のほうだった。
仕事帰りで、正直、頭はぼんやりしていた。
楽だから弁当を手に取って、何も考えずに歩いていたとき、
少し前を歩く後ろ姿が、やけに目に留まった。
髪の揺れ方。
歩くテンポ。
理由はわからないけど、知っている気がした。
「……あ」
振り返ったその瞬間、彼女だった。
隣の部屋の人。
みっちゃん。
驚いた顔をしたあと、少し間を置いて微笑った。
その距離感が、妙に自然で、胸が詰まる。
弁当を持っているのを見られて、
なぜか言い訳みたいに話してしまった。
彼女は「シチュー作ろうと思って」なんて言っていたけど、
無理してるのは、なんとなくわかった。
並んで歩く帰り道。
意外だったのは——
彼女の背が、思ったより低かったこと。
部屋で会うと、もっと大きく見えた。
落ち着いていて、余裕があって、
自分よりずっと大人に見えたから。
こうして並ぶと、
年上の女性なのに、
守られてるのは俺のほうなんじゃないかと思ってしまう。
その日の夜、
彼女がシチューを持ってきてくれた。
鍋を抱えて立つ姿が、
なぜか現実感がなくて、
玄関先で一瞬、言葉を失った。
部屋に入れていいのか迷ったけど、
断る理由も見つからなかった。
食べている間、
味より先に、安心感が来た。
誰かと一緒に食べることが、
こんなに静かで、落ち着くなんて。
でも、スマホが鳴った。
彼女からの着信。
画面を伏せた瞬間、
みっちゃんの視線が一瞬だけ、そこに落ちたのがわかった。
何も言わなかったけど、
その沈黙が、痛かった。
週末、
彼女と歩いているときに、また鉢合わせた。
みっちゃんと目が合った瞬間、
空気が変わったのがわかった。
彼女は何も言わなかったけど、
隣にいる彼女の声が、急に硬くなった。
その夜、喧嘩になった。
理由は、
彼女が不安になったから。
でも、本当は——
俺が否定しきれなかったからだ。
翌朝、
髪の毛を見つけた彼女は、確信した。
廊下での別れ際、
追いかけなかった。
答えは、もう出ていたから。
そのあと、
みっちゃんが部屋に来た。
理由はわからなかったけど、
ドアを開けた瞬間、
ほっとした自分がいた。
何も言わずに部屋に入ってきた彼女。
沈黙が、苦しくない。
危険だと思った。
「魅力的だ」
そう言ってしまいそうで。
でも言わなかった。
彼女が年上で、
自分が大学生で、
その差が、急に怖くなった。
触れたいより先に、
選ばれたいと思ってしまったから。
距離が近づいて、
空気が変わって、
触れるか触れないか、その瞬間。
スマホが鳴った。
母親だった。
現実に引き戻されて、
どこか救われた自分もいた。
翌日、
実家の車が来て、
幼馴染が現れた。
彼女は、
昔から俺を知っている人。
でも、
今の俺を揺らしているのは、
隣の部屋の彼女だった。
選んでいないのに、
もう、戻れないところまで来ていた。
🧭 今日の道しるべ
あなたが惹かれたのは、
言葉でしたか。
それとも、
言えなかった気持ちでしたか。
